試行錯誤

いろいろ試して、その結果を振り返ります

新社会人 アウトプットに回す余力がない

この四月から社会人になりました

インプット回路にエネルギーが持って行かれて、日常会話ですらアウトプットが下手です


考えていることを切り取っておいたほうが作業台が広がるのだけれど、切り取るべき部分も見えない


丁寧に手入れしてしまっておくべきか、常に取りやすいところに出しておくべきか、迷ってしまえずにいる感じ



ゴールデンウイークまでに頭が慣れると信じて、毎日作業台を片付ける



楽しい就活⑵自分(死ぬまで共に過ごさねばならない生物)への理解が進んだこと


2つめは、自分の特性への理解が進んだこと



わたしは、家族やバイト先のひとと意見が合わないと本当に苦しい。離れられない(離れる気のない)人間関係だからだと思う
でも、最強に離れられないのは自分



理解できない思想や行動って、とても気味が悪い。それらが嫌悪的なものである場合に、どうしたらそれを減らせるか解らないから怖いし拒絶反応を起こしやすい
(たいていの場合、行動原理が理解できれば譲歩することに対するストレスは激減する。「わたしばかり我慢してる。くやしい」よりも「おっ。うまくいった」が勝る)


自分とうまくやるためにもストレスを減らしたい。自分の行動原理を理解する必要ががある。




就活は自分の経験を振り返って共通項を抽出する毎日だった。おかげで以前と比べて

  • 自分の思想を客観的に見ること
  • 自分の行動原理を自覚すること
が、格段にうまくなった



具体的に言うと

  • どういうひとの元で頑張れるのか
  • 自分が成果を出せたときの方法の傾向
  • 行き詰まったときの自分の攻略パターン
  • どういう思想・哲学がすきか(「LESS is MORE」と「身体が資本」)
  • どんな結果が出るとときめくのか
  • どんなものと出会うとときめくのか
  • 何かに挑戦するときに何を準備しておくとスムーズに始められるか


就活自体のツールとして役立った気付きは太字のもの。特に成果の出し方。

(わたしの場合、自分の学習において効率を高めるために必要な比率は、予習:実践:復習=1:7:2くらい。
洞察的学習よりも試行錯誤学習をしがちで、前者の比率が普段より少し高いときに、いい結果が出る、という自覚)



自分の性質を自覚できてからは、会社と出会うたびにすぐに

  1. 自分が笑顔で頑張れそうな会社
  2. 何か得られそうではある会社
  3. 入ったらつらいだろうなという会社
の3段階にサクッと分けられた。



だから最後まで業界を絞らずに好きに受けられた。自分が上手くやれそうと思う会社ばかり受けたから、ESも面接も残る確率が高かったのだと思う


企業説明会の時期は企業研究というより、会社とたくさん会って、自分の感覚を磨いていた

(女子校育ちの自分にとっては、大学入学後の恋愛も同じような感じだった。たくさん会って、たくさん考えた。共学女子勢は、きっと高校生のうちにこのプロセスを終えていたんだろうな。でも、就活で迷った末にベストと思える選択ができたのと同様、恋愛における選択もこれが最後だと思っている)



死ぬまで付き合っていかなければいけない人間は自分。そいつと上手くやっていくために、知っておくためのいい機会でした

最近、日々の選択から大きな決断まで、自分の決めたことへの後悔が減ったし、少し生きやすくなった気がします


楽しい就活 ⑴自分が恵まれている実感

最近、就活の話をする機会が多い。就活中の友人や後輩、院生の先輩、いろんなひとが話を聞きたいと連絡をくれる。結果以上に、わたしがすごく楽しそうに就活をしていたからだと思う


(世間的に見たらわたしの就職先よりもスゴいところにお勤めする共通の知人もいるのに、声をかけてもらえる。)


いい子だなと思う後輩・尊敬する友人が頼ってくれるのも嬉しい




事実、すごく楽しかった



1つは自分の思考回路に対する理解が深まったこと、
もう1つは知り合いの優しさを実感する機会に溢れていたこと


  1. 大学の先輩  (客観的なわたしへの印象・成功している社会人としてのアドバイスをくださった。わたしの進路決定、および、現時点での未来設計に大きく関わっている)
  2. アルバイト先の先輩  (必死な状態のわたしを真近で見てくれていたひとから自分の印象を聞いて、丁寧に見て育ててもらっていたことを実感した。アルバイト先の人間関係、だいすき)
  3. 中高大の友人  (それぞれ環境がかなり違った。それぞれの場で自分がどう振る舞っていたのかを知った。中学時代いい子ぶりっ子だったわたし、高校時代荒れていたわたしと、今も仲良くしてくれている友人に心から感謝)


こういうアナログの積み重ね・個別的なやり取りの中でしか得られない情報や知識の重大さを知ったことも大きい


(教育を褒められる機会が多くて、とても嬉しかった。わたしは両親とじじばばがだいすきだから、自発的・能動的に彼らの自慢の子でありたいと思う)




就活は、家族と周囲のひとに恵まれていることを実感する、幸せな機会でした

スガシカオ / ぞわっとする予感をポップに歌う

スガシカオはとてもすき。

世界の変化に対して鋭い感覚を持っているのに、愛とか恋とか自分の気持ちいいことも楽しめる。バランスよくサラリと生きていて、たまにビシッと主張して、とても心の強い人だと思う。


午後のパレード は本当にゾッとするけど、まあ、ゾッとするために聴いてる

最近の世界にピッタリとハマる歌だと思った


この歌の中でスガさんはうつろな人間の役をしている。とてもこわい


約束の切なさと同じだけ 今日は騒ごう

嫌な予感、ニオイがする。対策を取るのではなく、いまのうちに楽しんでおこうという無責任さ、あるいは無力感


世界中のクエスチョン・マーク

だけど何もしない

そこら中危険ノーマーク
ごめんなさい 生まれつきノーテンキで

自覚していないのも恐ろしいし、自覚していて放っておくのも恐ろしい


本当のこと 誰も話さなくても
続けること それがパレードのルール


すごく、戦争のニオイがする。それがよくないことを気づいて欲しくて歌っているのだと思う。


きっと明日は君の街へ パレードが ほら やってくる





スガシカオというひとは、こういう歌をポップに、明るいプロモーションビデオで歌う。



世の中には

  1. 自分と同じ意見・感覚の人
  2. 自分と反対の意見を持つ人
  3. 自分の意見に無関心な(意味を解らない)ひと

がいると思う。

そして、だいたいのイメージとして、仲間:敵:無関心=2:1:7くらいだと思う。


スガシカオみたいなやり方、つまり、大衆的・ポピュラーなやり方で良くも悪くも、無関心だったひとたちを巻き込むことができる。それは多数を占めるひとたちとも言える


(わたしがポップでありたい理由も、ポピュラーな文化を尊ぶ理由もそこにある。専門家・職人と大衆的なコネクターは、任務が違う)


スガシカオはプロのポップアーティストだと思う


スガ シカオ(SUGA SHIKAO) / 午後のパレード - YouTube


(ダンスも、個性がだんだんとなくなり、均一化していく)



モディさんはすごいな / 世界経済の「回復」は当然ではないと思う

今日(3/24)の日経夕刊の、アジア開発銀行による見通しの記事

アジア開発銀行(ADB)が24日発表した最新の経済見通しによると、2015年、16年の域内経済の成長率はともに6.3%を維持する。原油安が消費を支えるほか、米国経済の回復で輸出が伸びる見込みだ。構造改革が進むインドの成長率は域内の主要国で最高となり、減速傾向を強める中国を上回る見通し。東南アジアの成長も加速するとみられ、けん引役の顔ぶれはさまざまとなる。

(2015年3月24日 日経新聞 夕刊より引用)


インド贔屓のわたしだから、喜んで丁寧に読みました


モディ首相の政治的手腕のよさがありありと見える。


国外から「あいつがトップなら、しばらくおもしろそうだな / 安心だな / 期待できるな」と思われること、そして実際に大きなお金が動くほどの信頼があるというのは、とてもすごいことだと思う

(彼は国民にも人気があった。旅行中に政治の話になったのは2回で、2回とも旅行産業の従事者と だったけれど、モディ政権は期待されていた

モディさんはバラーナスを京都みたいにしたい、らしい。バラーナスを?と思うけれど、歴史的背景があって、国内外から大事にされているという意味で、確かに京都はすごい)



もうひとつ。リード文のはじめの文章に違和感を覚えた

世界経済の回復の足取りが重いなかで、アジア経済は今年、来年と高成長が続きそうだ。

(引用元  同上)


世界経済の回復の足取りが重い


全体が回復して当然だと言わんばかりだけれど、はたしてそうかな

もう、終わってしまうのではないかしら。国だって生き物、もう老いてしまったのではないかしら

リーマン・ショックを、たとえば50歳男性が癌で倒れた と喩えると、今って、手術をしてリハビリをして立ち直ってきたところ

けれど、手術のときに、腫瘍の転移を防ぐために、いくつかの臓器は既に少しずつ削られていて、そのぶん内臓の機能は低下している。おじさんだから細胞分裂のスピードだって遅くなっているから回復は遅いし完成度も子どもと比較したら低い。手術が成功したのが幸運、ましてや動ける、話せるなんて本当に良かったね!

くらいの状態なのに、元のバリバリ労働者に戻ろうとしている。(新聞が言っているという意味では、周囲も働きに戻ることを期待している状態)


既に回復は限界まで終えているのではないかしら。これ以上ヘンなクスリを飲んだり、ヘンな機械を身体に入れたりするよりは、ちょっと早いけどリタイアを決めて、子や孫に、自分の学んだことや反省を伝える時期ではないかしら


今日は推敲なしの、書きながら思いついたことの雑記


メンズ・ファッジ4月号 / ファッションは学問で、素体のクオリティが服を活かす(生かす)

ファッション誌は滅多に買わないけれど、男性誌は結構読む。ポパイとブルータスは毎月ぱらぱらと立ち読みをする
 
今月はダントツでメンズ・ファッジでした!構成もハイセンスだし、わたしの好きなタイプのファッションのエッセンスが詰まっている!!

 
 

具体的な話をしましょう。春を着る、15のルール  という特集から

  • ワントーンコーデのススメ (1紺 2グレー)
  • セットアップをラフに着る
  • 上品×リラックス
  • 野暮ったくないシャツ+ニット
  • ノーカラーのブルゾン
などなど
 
ぜひ本屋さんにお立ち寄りの際は、この特集だけでも見てください。(町にこういうセンスを持ってる男のひとが増えたら、わたしが幸せになるから)
 
 
今季のメンズのキーアイテムたちには特別な特徴がないから雑誌の色がすごく出るなと思う
 
特徴がないと言っても、たとえば襟の詰まり具合とか袖の長さとか、そういうデザイナーさんたちのこだわりはたくさんある。でも、ノーカラーのコートも白の割合を増やすことも、ごくフツウの春の感覚。組み合わせ方、着崩し方の占める割合は大きい
 
ファッションは学問(知識と思考の堆積)だと思う
 
 
そして、自戒を込めて、着る人間の素体もとても大事だなと思う
 
スタイル、髪型、姿勢、表情。
たとえば、Johanくんをタンブラーで検索すると、

ハウ・スイート!!!!!君たち、服に生まれてよかったね!!!!!!!!

という感じ

 

顔が整っていること、手足が長いこともそうだけど、もって生まれた身体を最高の状態に保つ努力と、それを最大限魅力的に見せる角度や表情を知っている感じ

 

女のひとだったら、サーシャたん(Sasha Pivovarova)がダントツでそう

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もうサーシャへの愛と敬意で少なくとも記事が3つは書けますよ。⑴プラダのスチールのサーシャ ⑵絵描きとしてのサーシャ ⑶こどもや動物と一緒に写るときのサーシャ  

書きたくなってきた。そのうち書こう

 

就職活動まで素体のクオリティを上げる努力をしてこなかった上に、終わってからまた下がっている。自覚しているのに、すきな人たちと食べるゴハンは美味しいんだもの。いいわけです。運動不足も自覚しているし、サーシャの写真と素敵な服を毎日見て、そろそろ本当に頑張ろうと思いました

 

 

(最近のポパイはガチな運動/登山グッズのタウンユースを推しすぎている気がする、流行り始める前からしっかり推していたこと、ちゃんと解っているから、そんなに自己主張というか、承認欲求むき出してゴリ推ししないで欲しい。せっかくハイセンスなのだから)

 

ひとりの時間の必要性 / マルチタスカーでない人間がいろいろなことに手を出す方法

わたしには、ひとりで過ごす時間が必要です。理由はトロいから

 

自分が「職人」と「マルチ」のどちらに属しているかと聞かれたら即答でマルチと答えるけれど、興味関心が散在していることとマルチタスカーであることは、ぜんぜん違う

 

わたしは断固としてマルチタスカーではない。一度に1つのことしかできない。(もっと正確に言えば、ワーキング・メモリの容量がとても小さい。)たとえば初対面の人と趣味の話で盛り上がると、はじめに教わった名前(特に馴染みのない外国の名前)は雰囲気でしか覚えてない

 

だから、最近みたいに、引越し準備と英語と旅行の準備と身体の勉強ちゃんとやりたい、家族と/大事な友人と/大切な恋人と一緒に過ごしたい、運動したい、最近の音楽シーンちょっとアツそうだな、読みたい本溜まってる、服も少し入れ替えたい、賃貸の知識不足を感じる、連絡先の統一終わらせたい、パール系のアクセサリー気になる、スーツどんなの買い足そう、卒業式の髪と足の装い案、ペン習字もしたい、マナーも知りたい、諸契約の住所変更しなくっちゃ、人生設計を具体的にイメージできる状態だぞ

みたいな ときめき多めで幸せな脳内カオスを有意義に 行動に落とし込むには、

  1. それぞれのゴールを明確に書き出して、
  2. ぜんぶ単位時間(15分)の倍数でこなせるレベルまで細分化して、
  3. 優先順位や締め切りと照らし合わせていつやるかの計画を立てて
  4. ひとつひとつのタスクをしっかり完結させる
この手順をしっかり踏む必要がある。「あとであれやらなきゃなぁ」という余計な不安のために記憶のメモリを食わせないようにしなければならない。

 

本当に短期記憶の容量が小さいということの例として、3つ以上の数の足し算がとても苦手。186+3058+1020、とかアワアワする。186+4078だったら全くストレス無いのだけれど、一度処理を終えたものを「記憶しておく」というのが極端に苦手

(だから常に手帳とペンを持ち歩く。小さな鞄で出かけるときは、アイフォンの裏かお財布の中に大きめの付箋を入れている。博士の愛した数式の博士の感覚、少しだけ分かる)

 

ましてやインプットとアウトプットは同時にできない。特に、アウトプットは集中しないとできない

そして、アウトプットほど経験を知識の次元に引き上げるのに効率的な手段は無いと思う

 

だから、大切な経験をしたとき・大切な話を聞いたとき・感動したときこそ、わたしには一人の時間が必要。訓練すると(慣れると)、短い時間で正しい表現が見つかるようになる

 

行動してみて初めて気付くこともたくさんあるし、人に伝えようとする中で見つかる説明の仕方もある。反対意見を聞いて思いつくアイディアもあるし、素敵な外部刺激との時間を最大限にするためにも、なるべく、反芻・消化を丁寧かつ素早くできるようになったらいいなと思う

 

けれどどれだけ短縮されても確実に存在する大切な時間だと思う